先制許すも地力見せつけ4-1完勝

 日本は16日、決勝トーナメント進出をかけ、開催国ベトナムとハノイで対戦。日本は、引き分け以上ならホーチミンで同時刻開催のカタール対UAEの結果に関わらずグループリーグ突破が決定する。敗れた場合でも、カタールが勝利しなければ問題ない。一方の、ホーム・ベトナムも、ほぼ同条件。

 ただし、準々決勝、準決勝をここハノイ戦えるのは、1チームのみ。2位での進出となれば、バンコク、クアラルンプールと転戦することになる。トーナメント戦略上残りたい日本以上に、ベトナムはホームへの思い入れは強いはずだ。

 日本はUAE戦と同じメンバーで、フォーメーションも同じく[4-4-2]。ベトナムはエース、レーコンビンを前線に一人残した[4-5-1]で試合に臨んだ。

 先制点は意外な形で。立ち上がりから出足の鋭いベトナムがCKを獲得。左から入ったボールが、ファン・バン・タイ・エムをマークしていた中央の鈴木に当たり、ゴールイン。日本が開始7分でビハインドを追ってしまう。

 しかし、日本は慌てることなく、正確なポゼッションを続け、中村俊、遠藤、中村憲が流動的なポジションチェンジを繰り返し、両SBも高い位置をキープ。そして12分、左サイドでボールを受けた中村が、フェイントで一人かわしゴール前にクロス。ファーサイドにフリーで走りこんだ巻が胸で押し込み同点。そのまま日本のペースが続き、31分には高原が得たFKを遠藤が直接蹴りこみ早くも逆転に成功した。

 その後、何度かベトナムが走力を生かした速攻でチャンスを作ったが、中澤らが要所を押さえ2-1でハーフタイムを迎える。当然ハノイの気候に順応しているベトナムは、コンディションもいいようで、攻めに出た際は、目を見張るスピードを披露していた。

 後半も、早い時間にスコアが動く。52分、遠藤からのパスで左サイドに抜け出した駒野が遠藤へ戻し、遠藤は絶妙のタメから中央へ横パス。そこに走りこんだ中村俊が"右足"で正確なミドルシュートを叩き込み、3点目。勝負は決した。

 さらに59分には、遠藤のFKから巻が2点目。このゴールと前後して、ホーチミンのUAEがカタールに追いつき1-1。このまま終了すれば、ベトナムもリーグ突破。これ以降、ベトナムは完全に試合ペースを落とし、プレスも速攻も鋭さのないものに。

 そして、2分のロスタイムを経て、試合は終了。ほどなく、ホーチミンでUAEが逆転の報がハノイに伝わると、会場は割れんばかりの歓声に包まれた。

 それから約2時間後、日本の対戦相手が決定。因縁のオーストラリアだ。最終戦で開催国の一つタイに4-0で勝利。開催国を引きずり下ろしてのリーグ2位を決めている。
2007-07-17 12:23 この記事だけ表示
格の違いを見せつけ点差以上の勝利
試合の終わらせ方に残る課題


 13日、日本はハノイでUAEと対戦。ともに、1戦目で勝ち点3を逃し、決勝トーナメント進出には、ここでの勝利は必須。とくに、勝ち点0のUAEはここで負ければ敗退が決定する。
 
 試合はもう後のないUAEの攻勢で始まった。UAEは、イスマイル・マタルを中心に、テンションの高い攻撃を展開。左に開くモハメド・サイードや右SBファクヘール、まるで“UAEのビエラ”といった趣きのジュマが日本のゴールに迫った。しかし、CB中澤、ボランチ鈴木を中心とした日本の守備は堅く、UAEの攻撃も最後はなげやりなミドルシュートで終わることが多かった。

 守備の安定をベースに、日本は徐々にペースを取り戻すと、遠藤−駒野の左サイドのラインが機能。遠藤が絶妙のタメで作った時間とスペースを使って、駒野が再三左サイドを駆け上がった。一方、この時間帯は右の中村俊にあまりボールが入らず、SB加地が高い位置でボールを持つことは少なかった。

 そして、22分。日本に先制点。遠藤はショートコーナーを選択。ボールを受けた中村俊が左足でゴール前に速いクロスを入れ、そこしかない場所に飛び込んだ高原がヘディングで合わせネットを揺らす。「先制点がUAEだったら、どうなっていたかわかりません」と、オシム監督は試合後に言っていたが、逆にいえば、この先制点で試合は決まった。

 追加点は27分。右サイドの加地が余裕をもって上げたクロスを、ゴール正面の高原が胸トラップから豪快なボレー。このゴールシーン、UAE守備陣は、アシストした加地に対しても、高原に対しても、人数はいながらルーズな対応を見せ、集中力の欠如をうかがわせた。

 30分前後からUAEの気持ちは完全に切れ、ラフプレーを連発。しかし、3点目となったPKは、UAEにとっては不運な判定。39分、中村憲のスルーパスに抜け出した遠藤が、クロスを上げた後に飛び出したGKマジド・ナセルと交錯。遠藤はGKとの衝突を避けるために飛んだようにも見えたが、その足にGKの足が触っており、タイ人のトンハン主審はPKを宣告。UAEの選手の抗議がひとしきり終わった41分、中村俊が右上に正確に決めて点差は3となった。

 UAEのメツ監督は、ハーフタイムに2人を交代。反攻を試みる。この交代で入ったアフメド・ムバラクのドリブルは脅威で、49分には40m程度も独走され、ピンチを招いた。53分には鈴木に危険なタックルを見舞ったCBバシール・サイードが退場したが、10人になってもUAEの攻勢は変わらず。

ついに66分、UAEにゴール。49分に近い形でA.ムバラクの独走を許し、スルーパスに抜け出したサイード・アルカスがゴール。53分の負傷の影響か、鈴木は明らかにアジリティーが落ちており、この場面でもアスカルについていくことができず。75分に再び危険なファールを受けると、自ら交代を申し出てピッチを退いた。

 しかし、UAEの攻撃もここまで。中盤の中央に構えた遠藤が、憎たらしいまでにリスクの少ないパス回しをリードし、1人少ないUAEにボールを奪うチャンスを与えず。淡々と試合終了のホイッスルを待った。

 日本は決勝トーナメントへ大きく前進し、UAEは敗退が決まったこの試合。日本は、個人のベース、組織力ともにUAEを大きく上回っていた。マタルやA.ムバラクなど、“一発”がある選手はいたものの、日本の守備は概ね安定していた。しかし、選手交代で後半勢いづくUAEに人数差を感じさせないほど押し込まれる時間帯があったり、2点をリードし残り20分を切っても、加地と駒野がオーバーラップを繰り返すなど、ゲームコントロールには、まだまだ課題が残る試合だった。ただし、遠藤の時間つぶしも、彼らが高い位置を保ったからこそスムーズにボールが回った面もある。そのあたりのバランスの整理こそが課題かもしれない。
2007-07-17 12:16 この記事だけ表示
オシム監督、激怒 終了間際のFKでドロー

 7日に開幕したアジアカップ2007(東南アジア4カ国共催)。日本の初戦は、9日。ハノイでカタールと対戦した。

 日本は、前々日の練習で負傷した駒野に代わって左サイドバックに今野を起用。左から今野、中澤、阿部、加地の4バック。中盤は中村憲と鈴木がダブルボランチを組み、その前に山岸、遠藤、中村俊が並ぶ。そして1トップに高原を据えた[4-5-1]でオシム体制最初の国際大会に臨んだ。

 対するカタールも、ウルグアイからの帰化選手セバスティアンを1トップにした[4-5-1]。ただし中盤は、アンカーにテクニシャンのリザク1人を置く形。前半は、日本が圧倒的にボール支配するが、ベタ引きのカタール陣内にスペースはなく、膠着したまま時間だけがすぎていく。22分には、細かいパス回しから左サイドを抜けた山岸のマイナスのパスを中村俊がシュートするもDFにブロックされ先制ならず。カタールは、前線のセバスティアンが前評判どおりのキープ力と個人技を見せたが、中澤がしっかりと対応。ほとんど決定的な場面は作らせなかった。

 ハーフタイムを挟んだ後も、スコアはなかなか動かなかったが、63分、ついに日本が先制。中村俊→中村憲→今野と渡り、左からのクロスをファーサイドに走りこんだ高原が左足で押し込んだ。

 カタールはこのゴールの前後からやや疲れが出ており、ボールへのプレッシャーが激減。ベトナム・ハノイは、気温もさることながら、湿度はかなりのもの。この高温多湿の環境は、日本代表以上に中東勢に大きなダメージを与えているようだ。とくに失点後は、気持ちも切れてしまったのか、日本は思うままにボールをキープし、試合をコントロール。オシム監督も、山岸に代えて羽生、中村憲に代えて橋本、とフレッシュな選手を投入し運動量の維持を図り、試合をこのまま終わらせにかかる。

 しかし87分、相手の投げやりな浮き球からセバスティアンに抜け出され、対応にいった阿部がペナルティーエリア手前でファールを与えてしまう。GK川口も飛び出していたことや、体の入れ方がやや不用意だったことなど、集中力の欠如がうかがえた。

 なんとなくイヤな空気が漂う中で、セバスティアンが右足を強振。間に入っていたカタールの選手にうまく壁を崩され、その間を抜けたボールがゴールネットに突き刺さった。終了間際に、重すぎる失点。

 ロスタイムには、羽生がチャンスをつかんだが決めきれず。試合は1-1で終了。

 オシム監督は試合後、「選手たちはピッチで美しいサッカーをしたが、それを結果に結び付けるレベルに達していなかった」と悔やんだ。
2007-07-10 13:35 この記事だけ表示
海外組は機能せず。後半は「型」示す。

 日本のラインナップはちょっとした驚きだった。最終ラインは右に駒野、左に中田浩、CBに中澤と阿部。中盤はアンカーに鈴木、その隣に中村憲、右に中村俊、左に遠藤、センターに稲本。そして前線は高原の1トップ。中盤の後ろとバックラインは受け渡しを基調としたゾーン志向の強い守り方だった。

 相手が2トップなら3バックという形を守ってきたオシムジャパンでは従来なかったやり方だが、これが海外組を本格合流させた上で目指す「旧ジェフ型以外の形」ということだろう。

 もっと言えば、「中村俊輔をフィットさせるための形」とも言えるかもしれない。もちろん、我らの監督は相当な策士なので、もっと別の意図もありそうだが。

 前半の日本は高い技術の選手を揃えた中盤がうまくポゼッションし、サイドチェンジを絡めながら攻撃を展開。ハイレベルなパスワークが見られる時間帯もあったが、A.ペレアとジェペスのコンビが中心となるコロンビア最終ラインを攻め崩すまでには至らず。エリア内でフィニッシュできたシーンはほとんどなかった。

 ハーフタイムでオシム監督はまったく機能していなかった稲本を下げて羽生をトップ下へ投入。稲本は期待されていたであろう飛び出す動きがほとんどなく、守備面でも相手のボランチを潰せなかった。トップ下起用自体に無理があったと言うべきだろう。さらに左SBの中田浩を下げられ、今野が投入された。

 パスの受け手として、あるいはプレッシャー要員として非凡なモノを持つ羽生の存在で流動性が生まれ、「パス、パス、パス…」といった感の強かった攻撃は活性化した。巻、藤本、播戸の投入も実らず試合はそのまま終了となったが、今後の「ひな型」の一つを示したゲームだったと言えるのではないだろうか。
2007-06-06 12:53 この記事だけ表示
露呈した“不足”部分。
アジアカップに向け試行続く


 アジアカップに向けての「模試」1日目、キリンカップ・モンテネグロ戦。成果も見えた。

 まず2-0という結果については評価すべきだろう。180cm以上を8人揃える相手に対してCKから奪った1点目、相手を密集させてからサイドチェンジし、クロスから決めた2点目とも、偶発的要素の少ない、狙いのハッキリしたゴールだった。

 次に守備における選手の自主性が正確に発揮されたことだ。4バックでスタートし、3バック、再度4バックとスムーズな判断が行われた。そのキーとなった阿部が振り返る。

「最初は4バックでしたけど、佐藤が左ウイングバックだった山岸に代わって入り、さらに右サイドに水野が入ってきたので、3バックにして駒野を左のウイングバック気味にしました。ところが守備の流れの中で鈴木がディフェンスラインに入ってくることが多くなったので、もう一度4バックに戻そうと判断して駒野を右に戻し、MFを一人ずつ右にずれてもらいました。選手の話し合いでポジションを変えるのは練習でやっていますので、すんなりできたと思います」

 オシムサッカーの理解者である阿部を起用したことで、選手交代の意図が正確にピッチ上の選手に伝わり、さらに微修正まで行われる。守備面での応用力はついたと言える。

 ただし、この時期のヨーロッパはシーズンが終盤を迎えるか終了したばかりかで、決してコンディションのいい相手ではない。またモンテネグロはFIFA加盟が認められて最初の試合であり、試合経験そのものが過去1試合だけという国だったという点は忘れてはならないだろう。


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2007-06-04 15:05 この記事だけ表示